在宅医療部

コロナ往診日記 2021/08/21

回数を重ねるうちに、少しずつ慣れていくかなぁと思っていたが、目に見えないウイルスが封じられているコロナ自宅療養者宅のドアを開ける時には、装着したPPEやN95マスクの圧迫感もあってか、未だに自然と呼吸が小さくなり、全身に緊張感が走る。
保健所からの要請で昨日の夕刻に往診したのは一家5人で暮らすご家族のお宅。ひとりのコロナ感染から次々と伝染し、時間差で5人全員が感染してしまったそうだ。先にかかった家族はすでに入院されており、残されたのは父親と娘さん。父親は2日前から呼吸不全に陥っており、SpO2 88-90%と危険な状態。いわゆるhappy hypoxiaで、じわじわ低酸素化したためか本人はそれほど息苦しさの自覚はないようだが、しかしSpO2は日に日に低下しており、早急な入院治療が必要と思われた。
娘さんの方は、当初は高熱に見舞われていたものの、発症7日目あたりからようやく解熱しはじめ、すでにほぼ平熱化していた。その頃から咳が出始め、往診中にもひっきりなしの咳で会話も途切れ途切れになるほど。幸いSpO2 96%と呼吸不全は顕著なものなし。
父親はすぐにも入院が必要、娘さんはまだ呼吸状態は保たれているのでこのまま自宅療養を続けつつ、こちらで密に電話での経過観察していくという方針を伝え、お二人とも了解頂いた。かなり入院困難な状況だが、できるだけ優先順位を上げて頂くように保健所側にも情報共有した。父親にはステロイドを、娘さんには咳止めを処方して、薬局に届けて頂くよう手配した。
今夜のうちに入院はできないだろうから、父親には在宅酸素を導入することに。幸い先日入院した母親が使用していた酸素濃縮装置がまだ自宅内にあるという。ならばそれを使い回せばいい。1階の玄関近くに置かれていたので、2階の父親の寝室まで運び上げることに。重量が20kg以上ある小型の冷蔵庫のような酸素装置を、感染防止のためにビニールカバーを付けた足で滑べらないように1段ずつ慎重に階段を上がるのは、さすがに息が切れる。なんとか運び上げて父親の寝室に設置したときには、まるで50mダッシュしたときのようにハァハァ状態、N95マスクのなかでかなり大きな呼吸をしなければ酸欠になりそうだった。さすがに密閉空間である寝室で深呼吸することには怖さを感じ、慌てて部屋を出て、少し離れた場所でしばらく呼吸を整えねばならなかった。
その後父親に酸素装置の使い方やSpO2値についての注意を説明し、いつでも電話できるようにこちらの緊急連絡先をお伝えし、往診終了。帰院後すぐに2人分の往診記録を書き、保健所側にも共有した。
翌日、朝9時に電話フォローしてみると、父親は前日と同じような状況で、ただ酸素吸入で少し楽になっている、娘さんはやや咳が軽くなり、SpO2 96%で落ち着いてきていると。やはり父親はなるべく早期の入院を、娘さんはこのまま自宅療養の継続でよさそうなのでまた明日も電話することを伝え、了解頂いた。
それから1時間後、保健所から「父親も娘さんも入院手配ができました。これから搬送になります。」と連絡が入った。あれ、こちらからは父親のみ入院要請していたが、なぜ軽症の娘さんまで入院となったのか?他にももっと重症で入院できずに居る方も居られるだろうに。
なぜこちらの見立てが反映されなかったのだろう。そもそも往診要請されるような中等度レベルのケースは、並行して入院要請もかかっているのだろうか。こちらは身の危険を感じながら、現場で直接患者さんと話をして、状況を見極めた上での判断だったのだが、それが無視されるようでは、高リスクの中に身を挺して入り込む意味が見えなくなってしまう。
先日保健所に訪問してお聴きしたのだが、現在入院調整は東京都が一括しておこなっており、地域の保健所は中等症レベルの方が発生すると、そこに入院要請をかけてひたすら返事を待つのだそうだ。保健所から直接病院側とやりとりをすることは許されない。この災害時には然るべき体制だと思うが、しかしこの感染爆発でおそらく都の入院調整部もオーバーフローしていることだろう。保健所への返事に時間がかかるのも、コロナ病床が不足していることはもちろんだが、調整案件の増大による処理の遅滞も影響しているのかも。
焦る保健所は在宅往診の依頼をかけるわけだが、在宅往診、保健所、都の入院調整のやりとりのなかで情報が錯綜したり行き違いが起こることも容易に想像される。1日の感染者数が一気に5倍10倍になり、機能不全を起こしているのなら、早々にやり方を見直すべきだろう。地域のコロナ病院、保健所、在宅往診チームの間で円滑なやりとりができれば、回復フェーズに入った入院患者を早々に自宅に戻し、空いた病床に自宅で苦しむ中等症レベルを送るような動き方もできるはず。
今回のケースもそうだったが、感染症を自宅療養させることは、どうやっても家族内感染は免れず、結果的にさらに感染者数を増やしてしまう。自宅での個別的な隔離対応は、医療リソースと家族内感染の面で無理がある。もちろん軽症でおひとり暮らしや家族が別なところに避難できた方は、保健所や我々で在宅フォローしていくので良いが、それができない場合はどこか場所を作って隔離と集中的な治療が受けられるようにすべきだと思う。

210823遠矢